炎症性腸疾患(IBD)に膵炎を併発したイヌの一例

○猪子景子1)、舛方祐子1)、内藤文子1)、長田勝義2)、安田和雄1)
(1)安田動物病院・兵庫県、(2)ながた動物病院・兵庫県

(1)安田動物病院 (2)東京大学

1.はじめに

炎症性腸疾患(IBD)は、消化管粘膜固有層に炎症細胞が浸潤し、慢性の消化器症状をもたらす病因が不明確な難治性疾患であり、重症例の多くはステロイドや免疫抑制剤による治療が必要となる。今回我々は、膵炎を併発したIBDの症例で、ステロイド治療により膵炎が悪化し予後不良となったイヌの一例に遭遇したので報告する。

2.材料および方法

症例は12歳齢、雄の柴犬で、慢性嘔吐と下痢に対して他院で治療を受けたが改善せず、紹介来院した。当院初診となった第90病日の体重は6.8kg(健常時9.6kg)で削痩が著しく、血液検査では重度の低蛋白血症(T.P3.5g/dL、Alb1.5g/dL)と炎症像(総白血球数31,700/μL、CRP5.7mg/dl)、軽度の貧血(Ht32.5%)、および犬膵特異的リパーゼ(cPL)の高値(496μg/L)が認められた。

3.成 績

十二指腸と結腸の内視鏡的生検結果をふまえ、膵炎を併発したリンパ球形質細胞性腸炎と診断した。生検材料のクローナリティ検索により、消化管型リンパ腫は否定された。発熱や嘔吐等膵炎に伴う臨床徴候に乏しかったため、IBDの治療を優先し、プレドニソロン2mg/kg、メトロニダゾール、スルファサラジン、膵炎に対してメシル酸カモスタット、抗生物質、止瀉薬として塩酸ロペラミドの治療を開始した。第101病日には軟便となり、T.P3.7g/dL、Alb1.7g/dLと若干の改善を示したが、体重は5.9kgに減少した。第104病日から嘔吐が発現し、第107病日には貧血が進行(Ht21%)した。第111病日、cPL値がさらに上昇(720μg/L)したためステロイドを中止し、輸血200mlと膵炎に対する支持療法を行った。第113病日からIBDに対してシクロスポリンを用いて治療を行ったが、体温と体重、食欲の低下がみられ、第116病日に死亡した。

4.結 論

本症例はステロイド治療中に膵炎が悪化したことから、ステロイドは膵炎発症の引き金になるだけでなく、増悪因子にもなる可能性がある。IBDの血液サンプルを用いた回顧的研究では、cPLが高値を示す群は予後が悪かったことが指摘されているが、イヌでもIBDに膵炎を併発する可能性を念頭におき、その有無を事前に確認することは、IBDの治療を進めるうえで不可欠であるだけでなく、予後予測にもつながると考えられる。