鬼門の南天は難を転じるか
その結実は厠のハエの努力

2011.12.13

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南天の実が色づいてきました。でも、実がまばらですね。南天の花粉を媒介するのはハエで、都市部ではそのハエが少なくなったことが結実率の低下を招いている一因とも考えられています。南天は「難を転じる」ことから、家の方位の裏鬼門(南西)に植えられることが多いようです。また厠(トイレ)の脇に目隠しとしても植えられてきました。厠近くのハエがふんだんに花粉を媒介し、南天の結実率があがることに昔の人はきっと気づいていたのでしょう。葉は、南天葉(なんてんよう)と呼ばれる生薬で、健胃、解熱、鎮咳などの作用があるとされています。葉に含まれるシアン化水素は猛毒ですが、含有量は極めて少ないために危険性はなく、逆に食品の防腐に役立つと考えられてきました。そのため、彩りも兼ねてしばしば、お弁当や生ものなどに添えられています。もっとも、これも実際の毒消しの効能を期待したものではなく、食あたりの「難を転ずる」というまじないの意味との説もあるようです。


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天橋立 股のぞき
見えたのは「未来」か、「物の怪」か?

2011.10.28

実際はこんな風に見えますが、天に昇る龍にみえますか?はたまた、股の間から未来が見えるか?

京都は宮津への釣行。前日に日本三景の一つ、天の橋立に行って来ました。
大江山 いく野の道の 遠ければ
         まだふみもみず 天の橋立
 (小式部内侍)  『金葉和歌集』
小式部内侍は若いながら歌が大変うまいと評判で、あまりに上手なため、母の和泉式部がこっそり代作しているのではないかと噂が出るほどでした。母の和泉式部が夫とともに丹後の国に赴いている際、小式部内侍が歌会に招かれます。そこで、同席していた藤原定頼が、「お母様が不在ですが歌会で詠む歌はどうするおつもりですか? お母様のいらっしゃる丹後の国へは使いは出されましたか? まだ、使いは帰って来ないのですか」と意地悪な問いかけをします。代作疑惑のことを皮肉ったのです。それに対し、小式部内侍が即興で歌ったのがこの歌です。「大江山へ行く野の道(生野の道)は遠いので、まだ行ったことはありませんわ(手紙なんて見たこともありません)。それよりなお遠い丹後の国の天の橋立なんて・・・」。「生野」と「行く」と掛け、さらに「踏みもみず」と「文も見ず」を掛けた歌を即興で見事に詠み上げたことで、小式部内侍は、これまでの歌がすべて自作であり、噂はデタラメであることを証明してみせたのです。できる新入女子社員を課長が妬み、ハラスメント・・それを仕事の実績でバッサリ切り返す。そんな感じですかね。
 さて、その天橋立、股のぞきすると龍が天に駆け上るように見える(飛龍観)との伝承がありますが、この股のぞきは自分の股の間から顔を出し、逆さまにものを見る日本の民俗風習で、股屈み、股眼鏡とも言われています。上下左右が逆転する状況を体現したしぐさで、妖怪や幽霊を見極められるとか、股が日常空間と異世界または未来との境界的役割をするとも考えられてきました。長崎県五島列島では股の間から船を見ると、その船が幽霊船かどうかが判別できるとされ、青森県、秋田県では幼児が股のぞきをすると、次の子どもが生まれる前兆と考えられています。そして股かがみをしている子どもには次に生まれる赤ん坊の姿が見えるともいわれています。つまり未来を見る手段と考えられていたようです。股のぞきをした私に見えたものは未来?物の怪?・・・いいえ目まいがしただけでした。

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セイタカアワダチソウの盛衰
アレロパシーで自ら自家中毒・・・・

2011.10.28

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セイタカアワダチソウ(和名はアキノキリンソウ)北米原産で明治時代に観賞用として導入されました。ミツバチの蜜源植物としてすぐれているため、戦後養蜂業者が積極的に種子を散布し、昭和40年頃には全国に広がって代表的な帰化植物として隆盛を遂げました。当時は群生して家のひさしをしのぐ高さまで成長したものですが、これは他の多年草と比べて深くまで根を伸ばして肥沃な層の養分を充分摂取できたことと、この植物の根と地下茎から、ススキやブタクサなどの発芽を強く抑制する物質cis-DME(cis-dehydromatricaria ester)が分泌され、他の種の生育を妨げ、駆逐したためです。このように、ある種の植物が体内で作り出す化学物質を周囲に放出して、他の植物の成長や種子の発芽を阻害、抑制するという作用はアレロパシーと呼ばれています。ただし、この物質が土にたまり過ぎるとセイタカアワダチソウ自体も自家中毒を起こすことも知られており、何年かすると今度は逆にススキなどに取って代わられることもあるようです。平成に入った頃からは比較的コンパクトになり、以前ほどの勢いが感じられなくなりました。自分で自分の首を絞めたのですね。

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いわし雲・うろこ雲・・・ひつじ雲?
小指の幅は視野角1度

2011.10.21

ほど良い風と天気にめぐまれ、学会の重圧から解放されたひさびさのOFF。今シーズン最後になるか・・・ウィンドサーフィンに出かけました。空がいつの間にか高くなっているのに気付きました。秋の空にしばしば見られるひつじ雲。あれ?いわし雲、さば雲、うろこ雲との違いは?ひつじ雲は高積雲、いわし、さば、うろこ雲は巻積雲の俗称です。巻積雲はかなり高く、高度5~13km付近の上層に出来る氷の結晶で出来た雲ですが、今日見えたひつじ雲はそれよりも低い高度2~7km付近に出来ます。また、雲塊が大きいのが特徴です。地平線より30度以上(仰角30度以上)に浮かぶ雲塊が腕を伸ばして立てた小指の幅からはみ出していればひつじ雲(高積雲)というのが一番簡単な見分け方だそうです。これからよく見かける高い空の群れ雲、判別にお試しください。

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金木犀の香りとプルースト効果
脳裏に浮かぶ情景は?

2011.10.03

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花全体を白ワインに漬けて「桂花陳酒」に、烏龍茶に混ぜて「桂花茶」と呼ばれる花茶も造られます。また砂糖煮にして桂花醤と呼ばれる香味料も中国の桂林の土産物として知られています。桂林に行った人からお土産にいただいた桂花茶は、ほのかに金木犀が香るすばらしいお茶でした。金木犀の香りの主成分はβ-イオノン、リナロール、γ-デカラクトンなどですが、若者がこの香りを嗅いだとき「あっ、おバアちゃんちのトイレの臭い!」というのを聞いて愕然としました。合成品がトイレの消臭剤として多用されてきたので無理もないですが・・・。ところで、このように特定のある匂いがそれにまつわる記憶を誘発する現象は、フランスの文豪マルセル・プルーストの名にちなみ「プルースト効果」として知られています。嗅覚は記憶というよりも、思い出、感情と直結しているとのことです。プルーストの代表作「失われた時を求めて」の中で、主人公がお菓子のマドレーヌを紅茶に浸し、その香りで幼年時代を思い出す、という描写を元にしていますが、この現象は現在、徐々に科学的に解明されつつあるそうです。ところで、あなたは何の匂いで、どのような光景を想い出しますか?

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蓮の「うてな」とハスッパな「葉」

2011.09.01

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2か月前、開花した蓮に種子ができました。種子を支える蓮の台(うてな)は、仏・菩薩あるいは、極楽浄土に往生したものが座るとされていますが、「九品蓮台」と言われる通り、上から、上品(じょうぼん)、中品、下品(げぼん)の3つに分かれていて、各品がさらに、上生(じょうしょう)、中生、下生(げしょう)の3つに分かれています。つまり、最高位の上品上生から最下位の下品下生までの3×3=9の九品となります。極楽に行っても階級制があるとは甘くないですね。やんごとなき人々の会話にも九品蓮台の「うてな」が登場しています。宮さまと清少納言のやりとり、枕草子の一場面です。

「思ふべしや いなや、第一ならずば いかに」
「九品蓮台の中には 下品といふとも」云々・・・

「愛しちゃおっかな どうしよぉっかな、一番でなきゃだめかい?」
「宮さまが愛してくれちゃうんだったら、九品蓮台の最下位の下品でもぜんぜんOKよ。」

と清少納言がこんな蓮っ葉な口のきき方をするはずもありませんが、「蓮っ葉」は「はすは」が促音化したもので、軽薄や軽率という意味で用いられますが、その由来は「蓮葉商い」からきているそうです。「蓮葉商い」とはお盆の供物を盛るための蓮の葉を売る商売のことで、お盆の間の短期間しか役に立たない粗製のものを売るという意味でもちいられるようになり、転じて「軽はずみ」「浮ついた」という意味で「はすっぱ」が用いられるようになったそうです。

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甲子園浜でパドルボード

2011.08.05

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8月5日、沖縄付近をゆっくり北上中の台風9号の影響で午前中は北寄りの風7~8mとウィンドサーフィンに最適のコンディション。と​ころが正午過ぎの強い雨が上がると同時にパッタリ凪いでしまいました。海面は油を流したような鏡面。海ではなくまるで池みたいです。ウィンドサーフィンは断念し、流行りのスタンディングパドルボードに挑戦してみました。パドルボードは、パドルを使って楽しむ今注目の水辺スポーツ。今回は普段使っているウィンドサーフィンのボードの上に立ってパドルを漕ぐことにしました。甲子園浜を西に向かい、今津灯台を右に見て、西宮浜に着くころ、雷を伴う激しいにわか雨が降り出しました。海上のん​びりお散歩・・・なんて甘いものではありませんでした。翌日は筋肉痛で体ガタガ​タ。プロショップSpookyのスタッフの皆さん、お付き合い有難うございました。

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沈む夕日は・・
どこか懐かしい光景

2011.07.17

太平洋の水平線に沈む夕日

友達の獣医さんが和歌山の湯浅へ夜釣りに連れて行ってくれました。狙いはタチウオ。出航は午後5時でポイントに到着後、仕掛けを用意しているうちに落日となりました。太平洋の水平線にゆっくりと形を歪めながら沈む大きな太陽。どこかしら懐かしい感じで呆然と眺めていました。釣果は比較的大きなタチウオと60cmぐらいのシイラが各1尾、およびサバが2尾とやや寂しいものでしたが、すべて無駄にせずいただきました。夕日に向かって叫びたい方のために動画を掲載しましたが、船に弱い方は見ているだけで気分が悪くなるかもしれません。船酔いにご注意。

作詞:葛原しげる、作曲:室崎琴月
ぎんぎんぎらぎら 夕日が沈む    ぎんぎんぎらぎら 日が沈む
まっかっかっか 空の雲       みんなのお顔も まっかっか
ぎんぎんぎらぎら 日が沈む   

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花に無情の風
しかし花茎も花弁も意外にしなやかに

2011.07.17

蓮の花の香りと花茎のたくましさは

なでしこJAPANが優勝を決めた朝、これを祝うかのように庭のハスが開花しました。朝5時頃から蕾の先端がほころび始め、7時にはこのように見頃となり、周囲にハッカのような清涼感のある神秘的な香りを漂わせました。ベトナムではハス花の雄しべを茶葉に混ぜてこの香りを移したハス茶が有名です。元々は朝に開き、夜には閉じるハスの花の中に、閉じる前に茶葉を入れ、翌朝に開花と同時にその茶葉を取りだして花の香りをまとったお茶を飲むという風流な楽しみがベトナムにありました。「ベトナム王宮に伝わる伝統の味と香り」というハス茶のふれこみに興味を持ち、ベトナムに行く友人に頼み込んで入手、試飲してみましたが、あまりに香りが強くあえなく降参。やはり南国の彼の地で飲むのが宜しいようで。

・・・・小雨の雫を受けた花弁の妖艶な色、人工の絵の具では決して得られないものだと思います。3日目の昼には散ってしまい、残るのは仏様がお座りになるというハスの台(ウテナ)。3日目の花に無情の強い風が吹いていますが、意外にしなって強いものです。

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実生のネムノキに初花
妖艶なピンクッション

2011.07.08

昼の顔と妖艶な夜の姿と

種子から育てたネムノキの実生株、3年目で​初めて花をつけました。夜になると葉は両側から合わさり、眠った​ような姿になるのでこの名があります。和名は「合歓木」と書いてネムノキと読ませますが、「合歓」は男女が共寝すること、喜びを共にすること。夜になると葉がぴったりくっつき男女が共寝する姿に似ることに由来するとも。いにしえ人は自然の何でもない事象に研ぎ澄まされた感性を向けていたのですね。そんな名前の由来を知るとこの妖艶な花もなるほど似つかわしいかなと思えます。
「昼は咲き 夜は恋ひ寝(ぬ)る  合歓木(ねぶ)の花 君のみ見めや 戯奴(わけ)さへに見よ」
詠み人は 紀女郎(きのいらつめ)です。 昼間は綺麗な花を咲かせて、夜になればぴったりと葉を合わせ、好きな人に抱かれるように眠る合歓の木ですよ。羨ましいなぁ。そんな花を主人の私だけが見てもよいものでしょうか。お前さんも御覧なさいな。あなたと一緒に見たいのよ。
いやはや、古代の雅な人たちもお盛んなことですね。万葉集の時から日本にこの花があったということですが、この花のモダンな雰囲気は万葉の時代にあまり似つかわしくない・・と想うのは我だけや?

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ゴーヤの赤ちゃん
その生育の早さに唖然!

2011.07.08

15%の節電に協力

「ゴーヤの緑のカーテン」。 それは直射日光を遮ることにより屋内の温度を下げる効果だけではなく、植物の葉から水分が蒸発する際に周囲の熱を奪う「蒸散作用」も利用して、温度を下げることをめざしています。病害虫に強く栽培は容易。ということで待合室の窓にゴーヤのグリーンカーテンを栽培することにしました。株の生育速度は凄まじく、朝の日差しを防いでくれる高さまであっという間に成長し、雌花のもとに既にミニゴーヤが。ウリ科植物の例にもれず、品種がたくさんあるのですね。あばしゴーヤ、中長ゴーヤ、白ゴーヤ、太レイシの4種類を2株ずつプランターに植えましたが、種を取ると交雑しているでしょうね。

窓の上限に達したので摘心し、脇芽を伸ばす作業中。スタッフもグリーンカーテンのお手入れには余念があ​りません。たぶん、花よりダンゴ狙いと思われます。

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横浜中華街の善隣門
隣国、隣人を愛し、平和を願い・・舌づつみ

2011.05.27

善隣門と上海料理のお味

横浜中華街には現在、10基の牌楼(門)が建っています。その中でもシンボル的存在のひとは善隣門。初代は1955年に完成し、当時は「牌楼門」と呼ばれていました。この牌楼が建つまで「南京町」と呼ばれていましたが、中央の看板に「中華街」と書かれ、以来「中華街」と呼ばれるようになったそうです。現在の姿にリニューアルしたのは1989年。看板に、隣国や隣家と仲良くするという「親仁善隣」という言葉を掲げ、名称も「善隣門」に改められました。中華街の通がかよう上海料理の「萬来亭」 。市場通りから入り、右の角にあります。気取った雰囲気はありませんが、お味は保障。画像は「たたきキュウリと枝豆の和え物」、「エビマヨ」と「黒酢の酢豚」、「酸辛湯」、「上海焼麺」です。実はさらに「野菜スープ」も頂いたのですが、食べるのに夢中になり、写真撮るのを忘れてしまいました。

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栴檀の双葉は特に芳しくない
中華街本通りの芳香の正体は

2011.05.27

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臨終の南方熊楠の脳裏に映ったもの

甥っ子の結婚式で横浜に出かけました。前日の夕刻、中華街大通りをぶらぶらしていると、甘栗や肉まんの匂いに混じって、なにやら甘い官能的な匂いが漂ってきました。見上げると街路樹の栴檀(センダン)が薄紫色の花をつけていました。「栴檀は双葉より芳しく、蛇は寸 にして人を呑む」才知のすぐれた人は、幼少の頃から、すでに並外れた素質を表すたとえです。ことわざ中の栴檀は香木の白檀(ビャクダン)をさしており、栴檀では花が香る以外、材木や葉にはじつはほとんど香りがありません。南方熊楠が後半生の研究と生活の拠点にした和歌山県田辺の旧邸「顕彰館」の庭にも栴檀の巨木があり、毎年この時期には薄紫の花をまといます。南方熊楠が臨終の床で「天井に紫の花が見える」と言ったのは栴檀のことと言われています。

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兵庫県公館
ルネサンスのかほり・・

2011.04.19

兵庫県公館

誕生日が近づき、運転免許証の書き換えに行ってきました。初めてのゴールドカード! 交付を受けた帰り道、県警本部の脇にある兵庫県公館に立ち寄ってみました。ルネサンス様式の建物は建築家山口半六によって設計され、明治35年に4代目の県本庁舎として建設されました。戦災により外壁を残して焼失しましたが、戦後2度の修復を受け、迎賓館と県政資料館を兼ねた兵庫県公館として整備されました。内装も明治の面影を色濃く残しています。

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楠の若葉とビタカンファー

2011.04.19

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カンフル剤の素

桜がきれいだった西畑公園、クスノキの葉は新旧交代の時期で、若葉が眩しい季節になりました。道路には役目を終えた落ち葉が吹き溜まり、見上げると逆光で黒く見える力強い幹と柔らかい薄緑色の葉のコントラストが見事です。 落ち葉を両手で揉むと、ツ~ンと樟脳(カンフル)の匂いがします。クスノキから取ったカンフルにビタミンを加えたビタカンファーは戦争直後まで、心臓麻痺の原因となる物質を除去する強心剤と信じられ、末期患者に必ずといっていいほど投与されていました。このことから「駄目になりかけた物事を復活させるための手段」を“カンフル剤”と呼ぶようになりました。ビタカンファーは東京帝國大学醫学部の朝比奈泰彦教授ら、そうそうたる医学博士4人が創案、製造した日本製の薬剤です。

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散る桜、残る桜も散る桜
良寛が残した三つの辞世

2011.04.08

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抜けるような青空を背景に桜花

甲子園駅わきの公園、背景の青空と桜、あまりにも月並みな組み合わせですが、八分咲きの桜に、思わずカメラを向けてしまいました。「散る桜、残る桜も散る桜」・・・今は盛りでもいずれは必ず散る定め。人は誰でも、おくりびとになり、おくられびとになるという良寛さまの辞世の句。鶴田浩二の戦後のヒット曲のタイトルにもなっています。 「庵点.JPG散る桜 残る桜も散る桜 ひとり酒でも 盃ゃ二つ 忘れられない面影を 花にうかべて かさね酒」。この時期、お花見で騒ぐ気にはなりませんが、日本列島を覆う消費自粛ムードは、景気の低迷を招きかねません。お酒も今までどおり粛々と飲りましょう。苦難の続く被災地でも間もなく花の便りが聞かれるでしょう。わずかでも桜花が人の心に安らぎを届けてくれますよう。

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朝日のあたる横浜赤レンガ倉庫
3月11日の激震から一夜明けて・・・

2011.03.12

激震のその日から一夜明け

東日本を激震が襲ったその日、日本獣医内科学アカデミーが横浜パシフィコで初日を迎えていました。当日の午後のスケジュールはすべて中止となり、桜木町のホテルに戻りチェックインはしたものの、エレベーターは運転を停止しており、徒歩で階段を16階まで上がりました。余震の波状攻撃が続く長い夜が明けたので、赤レンガ倉庫に行ってみました。今年でちょうど築100年を迎える新港埠頭保税倉庫。時刻は朝の6時を過ぎていましたが、みなさん震災の報道に釘づけなのでしょうか、人影はまったく見当たらず、古色蒼然として威容をほこる2号棟にちょうど端から朝日が当たり始めていました。新埠頭から朝日に向かって一人でも多くの命が救われますよう祈らずにはいられませんでした。

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黒岩水仙郷のナルシスト
香りの競演の中で

2011.02.18

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水仙はナルシスト?

淡路島の最高峰である諭鶴羽山の山麓が海に落ち込む急斜面に野生の水仙が咲き誇る黒岩水仙郷。馥郁とした香を放つニホンスイセンの群生を海から斜面を吹き上がる風が香りを運んできます。名前はニホンスイセンですが、原産地は地中海沿岸でシルクロードを経て日本に伝わりました。ギリシア神話で、ナルシストの語源になった美少年ナルシッサスが水面に映る自分の姿に見とれ、そのまま花になってしまったのが水仙ですが、水仙郷の水仙はそのようなナルシシズムはおくびにも見せず寒風に向かって凛として咲いていました。

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新旧交代
タコフェリーと明石海峡大橋

2011.02.18

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フェリーと大橋

明石海峡大橋を渡って淡路島に入りました。昨年11月まで就航していた明石淡路フェリーの岩屋の埠頭は人影もまばらで、今は使われなくなった上船用タラップに書かれた「ようこそたこフェリーへ」の文字が物悲しさを誘います。船体にイルカの描かれた「あさなぎ丸」とタコがかかれた「あさしお丸」はいずれもタイに売却され第二の人生を過ごすとのことです。タラップの向こうには明石大橋が威容を誇っていました。

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雪化粧の六甲山

2011.02.15

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雪化粧した六甲山

冷蔵庫の中にいるみたいですね。前線を伴った低気圧が南海上を通過した2月14日は午前中から阪神間でも雪が降り出しました。都市部では夕刻から雨に変わり、あっという間に溶けてしましましたが、見上げる六甲山系の頂上付近は雪雲に覆われ、目視できる中腹のあたりは雪国の山のように雪化粧しました。阪神間では珍しいことで、思わずカメラを向けました。東京でも今シーズンで最も多い積雪を記録し、230名以上の人がころんで骨折など怪我をしたとか・・・。雪国の人が聞いたら笑うかも。

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第一回 兵庫県開業獣医師会臨床研究会

2011.01.23

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第一回 兵庫県開業獣医師会臨床研究会が開催されました

昨年度、発足したばかりの兵庫県開業獣医師会主催の臨床研究会が甲子園ホールで開催されました。東京大学動物医療センター教授の西村亮平教授をお招きして、午前中は「肝臓の外科」について、午後は11題の症例発表が行われました。100名を超える参加者があり、活発な質疑応答がおこなわれました。当院の4名の勤務獣医師も発表をおこないました。詳細はこちらLinkIcon

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おみくじ

2011.01.09

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おみくじ発行の総もと締め

宵えびすで引いたおみくじは大吉!すっかり気を良くしました。おみくじの印刷はそれぞれの神社が独自に印刷屋さんに注文しているものと思っていましたが、もと締めがあること、ご存知でしたか?明治時代、山口県周南市にある二所山田神社の宮司さんが、女性の自立をめざし、全国組織「敬神婦人会」を設立。機関誌『女子道』を発刊し、その資金源としておみくじの製造を始めたそうです。現在では全国消費量・・・? の6~7割を製造し、トップシェアを占める総もと締めとなっているそうな。

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今年の福娘さん

2011.01.09

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ことしの福娘さんもかわいいですよ

宵えびすに詣でてきました。福笹を授ける福娘さん、年年歳歳レベルアップ。選ぶのに迷ってしまいます。病院のスタッフとも協議のうえ、笑顔のステキな彼女に決定!
不景気を吹き飛ばしてくれるかな?

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冬の甲子園浜

2011.01.03

鈍色(にびいろ)

病院の犬(十兵衛と零子)を連れて甲子園浜に出かけました。ウィンドサーファーの数は夏のにぎわいとは比べようもありませんが、この時期にはめずらしい南西の風でプレーニングを楽しんでいました。ユリカモメは風上の南西を向き、ホバリング中の1羽は驚くほど長時間空中にとどまっていました。
向こうに高速5号湾岸線をのぞみ、内海の甲子園浜は鈍色・・・にびいろは古語ですね。喪の色、あるいは出家の色として平安文学にはしきりに用いられましたが、現代では灰色、ネズミ色という言葉に取って代わられました。ちょっと味気ない。死者との関係によって喪に服す期間が違い、両親や夫に先立たれた場合はとりわけ長い期間、喪に服し喪服もより濃い鈍色のものを着たそうです。明るい春が待ち遠しいですが、本格的な寒さはこれからですね。

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蝋梅の香り

2011.01.01

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蝋梅の香り

明けましておめでとうございます。庭の蝋梅が新年にあわせて花をつけました。その馥郁たる香りは、ボルネオールを主とする成分だそうです。これは、「龍脳」とか、「ボルネオ樟脳」と呼ばれ、ローズマリーや、ラベンダーなどにも含まれていて、胡椒のような香りとも。え~胡椒・・・?
庭の蝋梅は、「満月」という園芸品種ですがほっこりとやさしい姿です。香りは素心ロウバイと変わりません。

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